新しい仏教の宗派が活躍した鎌倉時代の医療と看護

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初めて武家が政権をにぎった時代が鎌倉時代ですね。

源頼朝が鎌倉に幕府を開いてのちの一五〇年間、質実で実用的な文化が栄えました。

政治の中心が鎌倉に移ったとはいえ、幕府は軍事的な面での統率には力を注ぎましたが、文化に直接力を発揮したのは僧でした。

仏教文化が復興し、わが国の看護史上空前の黄金時代を迎えました。

多くの救療施設が建てられ、看護事業が僧侶の手で行われました。

また、産科専門書や看護書、解剖に関する本、彩色解剖図などが僧医によって書かれました。

1140年ごろの著作といわれる『看病用心抄』は、かな書きのわが国最古の看護に関する単行本です。

その記述は看護の本質に迫る内容で、「看病人は、病人をわが子と思い慈悲の心で接し、病人は看病人を仏と思うべし」と書かれています。

また、看護の心だけではなく、清潔や安静、観察のしかたにいたるまでの看護技術に関するものも示唆に富んだ興味深いものです。

この時代に活躍した僧医は真言律宗、禅宗、浄土宗など新興宗派の人たちでした。

形式にとらわれずに、庶民の救済事業を行い、多くの信徒が集まりました。

しかし、これらの宗派も勢力が大きくなるにつれ、ときの権力者の庇護を受けるようになり、ほかの宗派と変わらないものになっていったようです。